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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)5826号 判決

原告

橋爪清二

被告

東京都

外一名

主文

被告等は原告に対し連帯して金十三万五百九十一円とこれに対する昭和三十二年九月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を二分し其一を原告其余を被告等の負担とする。

この判決は第一項に限り原告に於て金二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は、

被告等は原告に対し連帯して金三十三万五百九十一円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり主張した。

一、原告は運送用として五十三年式二屯積三輪自動車(車輛番号六すー一七七八号)一台を所有し、貨物運送を業とするものであり、被告東京都は一般乗合用バス自動車(車輛番号二ー五一二七六号)を所有し、旅客運送業を経営し、被告根本三郎は被告東京都に運転手として雇われているものである。

二、原告は昭和三十二年二月十日午前九時一五分頃原告所有の前記三輪自動車を運転して志村より西新井方面に向け川口千住線県道上を東進中川口市領家町三五二一番地附近にさしかかつた際西新井方面より右場所を被告根本三郎の運転する前記バス自動車が走行し来り、右原告の運転する三輪自動車の荷台前角に接触したが、これがため原告はその衝激を受け右三輪自動車の前面設備のガラス窓に顔面を打ちつけ右自動車のガラス窓を破りその中へ首を突込み顔面及び頸部を負傷した。

三、右の事故は、被告東京都の被用者である被告根本の重過失に基くものである。

(一)被告根本がバス自動車を運転して来た道路は幅員六・〇六米にしてカーブをなしており、而も見通しのきかないこととて前記場所に来る諸車は他の諸車との衝突を避けるために直ちにブレーキをかけ停車するか、又は最徐行の進行状態において運転を継続し事故の発生を未然に防止することができるような手段をつくさねばならぬ注意義務がある。

(二)然るに被告根本は右運転手としての注意義務を怠り道路中央を時速二十五キロ(スリップ四米あり、完全なブレーキあることを前提として算出)の速力で走行し、当時道路の左側により時速十五キロ以下の速度で進行していた原告の車を発見してもなんら注意を払うことなくそのままのスピードで走り来り本件事故現場の三・五メートルのところではじめてブレーキをかけたが間に合わず本件事故を惹起せしめたもので、被告根本が自動車運転手としての前記注意義務を尽していたならば十分本件事故の発生を防止し得たものであるから、本件事故は被告根本の注意力欠如に基く過失によつて発生したというべきであるから被告根本は加害者としての原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、被告東京都の被用者である被告根本の運転していた前記バスは被告東京都の所有で、被告根本は被告東京都の経営のバス営業の業務に従事中本件事故を惹起したものであつてこれによつて原告が蒙つた損害は被告東京都の業務の執行につき生ぜしめられたものといわなくてはならないから被告根本の使用者である被告東京都は使用者として原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

五、而して本件事故により原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)破損した自動車の修理費金三千六百十円。

(二)昭和三十二年二月十日より同年三月二日迄の入院費用金一万六千四百八十一円。

(三)入院中附添人に対して支払つた附添費金一万五百円。

(四)原告が入院加療中蒙つた苦痛並びに原告は治療後の現在においても本件事故による受傷前と比較して口の働は七〇パーセントとなり、右の耳下に腫を生じるため、日常の食事及び談話に非常な困難を感じる状態にあり、医師の診断によれば大手術をしても完治すると保障し得ないとのことにて再度手術することに躊躇している状態であるから斯の如き不具者としての苦痛を原告が将来八十年の寿命を保つとすれば今後約四十四年間味わねばならないから右諸般の事情を斟酌するときは慰藉料額は金三十万円が相当である。

六、よつて被告等は原告に対し連帯して以上合計金三十三万五百九十一円及びこれに対する本訴状送達の翌日より完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二、被告等の答弁及び反対主張

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、

との判決を求め次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中被告東京都の業務の点、及び被告根本が被告東京都の被使用人であること、原告主張の日時にその主張の場所でその主張の事故が発生し、そのために原告が受傷したこと、右事故発生現場の道路が原告主張の如き形状をなしていること、並に右事故は被告東京都の被用者である被告根本が被告東京都の所有に係る自動車を運転して被告東京都の営業に従事中に惹起されたものであることは認めるが、原告の職業及び原告の運転していた自動車が原告の所有に係ること、及び原告の蒙つた損害の点は不知、その他原告の主張はすべて争う。

二、本件事故の発生原因は原告の不注意に基因する。

被告根本が被告東京都の自動車を運転して進行してきた道路(幅員六・〇六米の中央部分五・〇一米だけ舗装され両側各〇・五八米は舗装されてない)の形状は前記認めるとおり見通しが悪いので、被告根本は本件事故発生場所から約三十米前で警笛を鳴らしながら道路中央の左側を進行していた。そしてその時約三十米前方に原告がその主張自動車を運転し時速二十キロメートル位の速度で進行して来るのを認めた。そこで被告根本は舗装道路の最左側を進行していたが舗装外の道路にかかつて進行し衝突を避けようとしたが、被告根本の運転する自動車の進行方向道路の左側に訴外矢作昇三の代用車庫(川口市領家町三五三一番地)があり本件事故発生当時三輪自動車が右代用車庫に置いてあり右自動車の後部が舗装のない道路に約〇・三〇米突き出していたため被告根本はその運転する被告東京都所有の大型乗合自動車(車体の長さ九・九四米、幅員二・四五米、自重六・二六瓩)を道路の左側一杯に進行させることができなかつた。これに対し原告の運転する自動車は幅員一・八米の軽量であり、その進行方向に向つて約〇・五米位左側に除行することができたにも拘らず時速約二十キロメートルの速度で進行し、よそ見をして運転していたため左側に避けることができず本件事故を惹起せしめたもので、原告の重大な過失によつて発生した事故であり被告根本にはなんら業務上の過失はないのであるから原告の請求は失当である。

二、仮に本件事故が被告根本の過失により惹起したものであつても、被告東京都には本件事故の原因となつた自動車の使用及び運転手の被告根本の選任監督につき何らの過失がない。すなわち、被告東京都所有の本件バスは、昭和三二年二月五日綜合的整備の検査を受けて合格しているばかりでなく、毎日始業前各要部(百三ヶ所)を点検して業務についており、本件事故発生当日も始業前に点検して異常のないことを確認し業務に就いたものである。また運転手被告根本に対しても、同人がバス運転手として充分技術を有していることを確認した上厳重な詮衡を経て採用したものであり、バス運転中事故の発生を未然に防止するため、採用後において。常時指導と注意を与えており、被告東京都は被告根本の選任監督についても過失がなかつたというべきであるから原告の被告東京都に対する請求は失当である。

三、また仮に被告等において何らかの理由で事件事故につき損害賠償の責任を負担するとしても、本件事故は被告根本のみの過失によつて発生したものではなく、原告の三輪自動車運転についても不注意のそしりを免れないこと前に主張したところによつて明白であるから損害賠償の額を定めるにつき右の事実を斟酌すべきである。

第三、被告等の主張に対する答弁 原告訴訟代理人は被告等の主張に対し次のように述べた。

一、被告東京都の被告根本に対する選任監督に過失なしとする主張、及び被告等の過失相殺の主張は、いずれも否認する。

二、なお、原告は事故発生場所より西約五、六十米附近よりギアーをぬいて道路中央左側を速力をおとして進行し、前方約七十四米附近において被告東京都の被用者である被告根本の運転する都営バスを発見したので原告の運転する自動車を道路の最左側に進め、時速も十五キロルートル以下におとして徐行したから、なんら業務上の過失はなく、被告等主張の原告に重大な過失ありとの主張は、当らない。 第四、証拠関係(省略)

理由

一、原告が昭和三十二年二月十日午前九時十五分頃其所有の三輪自動車(車輛番号六すー一七七八号)を運転して西新井方面に向つて東進中川口市領家町二丁目三五二一番地附近にさしかかつた際、西新井方面より右場所上を西進して来た被告東京都の被用者被告根本三郎の運転する被告東京都の大型バスが衝突し、これがため原告は右衝突による反動のため前記三輪自動車の前面設備のガラス窓に顔面を打ちつけて右三輪自動車のガラス窓を破りその中へ首を突込み顔面及び頸部を負傷するに至つたこと、右衝突現場の道路は、川口市から東京都西新井を経て千住浅草方面に通ずる川口千住線県道で、本件事故現場附近は道路の幅員六・〇六米の中央部分五・〇一米だけ舗装され、両側各〇・五八米が舗装されず、ほぼ百六十度位の屈折でゆるやかに南に湾曲しており、附近に人家はまばらであるが丁度湾曲部南側に訴外矢作昇三方があり、その他木立も多いので道路上の見通しが悪い状態であること、被告根本が被告東京都の被用者で、前記バスは被告東京都の所有で被告根本は被告東京都の経営に従事中本件事故を惹起したものであることは、当事者間に争ない。

二、そこで成立に争のない甲第五号証の三、四、五、七、十、証人石川政雄、矢作昇三、春日栄吉の各証言、原告本人尋問の結果及び検証の結果に、前記争のない事実を併せ考えるときは、本件衝突事故発生前後の状況は次のとおりであることが認められる。

被告根本三郎は、本件事故発生当日の昭和三十二年二月十日午前九時十五分頃東京都所有の都営バス(車輛番号第二ー五一二七六号)に乗客三十名を乗車させて東京方面から川口駅方面に向けて川口千住線県道上を西進中本件事故発生現場たる川口市領家町三五三一番地附近の屈折場所にさしかかつたので、手前三十米地点において警笛を吹鳴しながら速度を時速二十五粁位に減速して進行中前方約三十米の地点を近接する前記三輪自動車を発見し、右屈折附近において擦違いしようとしたのであるが、該道路の有効幅員は五・七米で比較的狭隘であり、いやしくも自動車運転手たるものは接触等の事故を防止するため出来得る限り左側に寄り、対向車の位置、速力、動静等に深く注意して最徐行し、何時にても安全に急停車し得るよう速力を調節し場合によつては一時停車する等、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、単に警笛を吹鳴し時速二十五粁に減速したのみで原告の運転する前記自動車が避譲してくれるものと軽信し、道路の状況、原告の自動車の位置、速力等考慮することなく漫然進行し右三輪自動車と八、九米に接近して初めて衝突する危険を感じ急停車の措置を講ずると共に把手を左に切つたが間に合わず、ついにバスの右前部を原告の運転する前記自動車の荷台角に衝突させ、これが衝激により原告は右三輪自動車の前面設備のガラス窓に顔面を打ちつけ同自動車のガラス窓を破りその中に首を突込み全治二ケ月を要する右頬部右頭部前額部切創の負傷を負わせたものであることが認定できる。もつとも被告等は、前記事故現場の道路の幅員六・〇六米中被告根本が運転していた前記バスは道路の中央舗装部分五・〇一米の最左側を徐行し、原告の運転する前記自動車と衝突を避けるため舗装のない道路の最左側に進行しようとしたが、被告根本の運転するバスの進行方向左側に訴外矢作昇三(川口市領家町三五三一番地)の自動車代用車庫があり、当時三輪自動車が右代用車庫に置かれ、その三輪自動車の後部が舗装のない道路に約〇・三〇米出ていたために被告根本の運転する大型バスでは本件事故現場道路一杯に左側することができなかつた。これに反し原告の運転する三輪自動車は軽量でありその進行方向に向つて約〇・五〇米位左側に寄ることができたにも拘らず、原告は時速二十粁で走り来り、且つよそ見をして運転していたため左側に避け得なかつたものであるから本件事故の原因は、原告の重大な過失に基因し、被告根本に過失はないと争い。成立に争のない前記甲第五号証の七、十の記載証人真中辰五郎の証言及被告根本三郎の供述にはこれと符合するが如き部分があるが甲第五号証の五並証人春日栄吉石川政雄矢作昇三の証言原告本人尋問の結果及検証の結果によれば当時原告は被告根本の運転する前記バスを発見するやスピードを落して三輪自動車を左側に徐行させた事実、川口市領家町三五三一番地矢作昇三方の西側車庫に三輪自動車がおさめられていて、その後部が車庫から出てはいるが車庫自体道路より一米引込んでいるので交通の障碍となるものではないことが認定でき之に反する前記記載部分及び証人真中辰五郎の証言被告根本本人尋問の結果は信用できない。其他右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定事実により本件事故は前記認定の如く被告根本の過失に基因するものと認めざるを得ない。

三、右運転手である被告根本は被告東京都の被用者であり、被告東京都の営業中本件事故を惹起したことは前記のとおりであるから本件事故は被告東京都の業務を執行するにつき発生したものであるといわなくてはならない(そのことは被告等において認めている)被告東京都は、被告根本の選任監督につき相当の注意をしたと抗争するけれども、成立に争なき乙第一号証の一、二(自動車乗務員心得)証人真中辰五郎の証言によつても、被告東京都が本件事故発生の責任を免れ得べき程度に選任監督の注意を払つたとも認められないので被告東京都の右抗弁は採用することができない。

四、よつて、進んで本件事故につき原告が蒙つた損害の額につき検討する。

(一)まず、破損した三輪自動車の修理費及び入院費、附添費について判断するに原告本人尋問の結果及之により成立を認め得べき甲第一号証の一乃至九、甲第二、三号証を綜合すれば原告は本件事故により損壊した原告所有に係る三輪自動車の修理費に相当する金三千六百十円を有限会社長後モータースに支払つた事実,昭和三十二年二月十日より同年三月二日まで川口市民病院に入院し、入院医療のため金一万六千四百八十一円を同病院に支払つた事実、及び右入院中の附添費として附添人近藤ユリ子に対し金一万五百円を支払つた事実が認められ、合計三万五百九十一円の損害を蒙つたことが認められるから原告は被告等に対して同額の損害賠償債権を有するものといわなくてはならない。

(二)証人小川幸汪の証言及右証言により成立を認め得べき甲第四号証を総合すれば原告は右事故により右頬部左頸部及前額部切創を受け、即日入院同年三月二日軽快退院したがその為唾液瘻を形成し現在も残存していることを認め得べく原告は之により肉体的精神的の苦痛を蒙つたこと明らかであるから被告等は損害賠償の責任あるものといわなければならない。

五、被告等は本件事故発生については原告の過失も原因するからその損害賠償の算定につき原告の過失をも斟酌せらるべき旨主張するので按ずるに甲第五号証の十に原告本人尋問の結果及原告の受傷の程度等を総合すれば当時原告はその乗用車の減速が足らず尚十四、五粁位の速度を保つて走行中に右事故を生じた為被害の程度が増大したことが窺はれるので原告の受けた損害発生は原告の右過失も其の原因をなしたものと認めるを相当とするから本件に於て原告の賠償額を定めるに付て之を斟酌すべきものとする。

六、以上の理由によつて前記原告の傷害の程度、原告の境遇その他当事者双方の社会的経済的地位及前記原告の過失の程度等諸般の事情を考慮して原告の本訴請求中被告等に対する前記第五項第一号で認定した金三万五百九十一円の損害賠償債権と同第二号の慰藉料の内金十万円との合計金十三万五百九十一円及びこれに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和三十二年九月三日から完済に至るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分のみを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

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